【アドラー/嫌われる勇気】人は怒りを捏造する?

どうも、レムです(´ω`)/

今回は、『嫌われる勇気』の中の、

「人は怒りを捏造する」

という項目を読んで思ったことをつらつらと書き綴りまっせ。


さて、前回の【アドラー/嫌われる勇気】トラウマは存在しない〜原因論と目的論〜という記事では原因論と目的論の違いについて書きました。

【アドラー/嫌われる勇気】トラウマは存在しない〜原因論と目的論〜



これを踏まえ今回は、

「じゃあ、普段の生活をどうやって目的論的に生きていけば良いの?」

という点について考えてみます。


目的論を自分自身の柱とするには…自分のエネルギー状態を見極め、自分のエネルギーをコントロールしてを高めることが大事。

僕はそう思っています。


もしかすると、あなたは、

「へ?目的論とエネルギー?何の関係があるんだよ…(ノД`)」

なんて思っていませんか?


まあまあ、そう言わずに。

是非とも最後までお読みください。


そうすれば、今日からほんの少しでも毎日を楽に生きられるようになるはずですよ!

その怒りはどこからやってくる?

『嫌われる勇気』に出てくる青年。

喫茶店で本を読んでいると、通りかかったウェイターが上着にコーヒーをこぼされてしまいました。

あいにく買ったばかりの服で、ついカッとした青年はウェイターに怒鳴りつけました。

普段は公の場で大声を出さない彼。

しかし、あまりの怒りに我を忘れてしまい、彼は大声をあげたのでした。


青年自身、ウェイターにコーヒーをこぼされたという原因があり、それ故、怒りの感情が沸き起こって大声を出さざるを得ないという結果に繋がったと主張します。

ですが、それは原因論的な解釈です。

とはいえ、青年の言い分は分からなくもありませんけどね。


故意ではないにせよ、自分が大事にしていた服を汚されたら大半の人はついカッとしてしまうでしょう。


しかし、人間というのは感情に抗えない生き物ではない、と哲人は反論します。

もしも人間が、感情に飲み込まれて制御できない生き物なら、カッとなったはずみで刃物で刺してしまっても、それは致し方ないことになってしまいます。


ですが、それでは何ともカオスな世の中になってしまいますよね?


哲人は続けます。

哲人 あなたは「怒りに駆られて、大声を出した」のではない。ひとえに「大声を出すために、怒った」のです。

つまり、大声を出すという目的をかなえるために、怒りの感情をつくりあげたのです。

青年 なんですって?

哲人 あなたには大声を出す、という目的が先にあった。

すなわち、大声を出すことによって、ミスを犯したウェイターを屈服させ、自分のいうことをきかせたかった。

その手段として、怒りという感情を捏造したのです。


『嫌われる勇気』P33


ま、まさか目的達成のために感情を捏造していたなんて…。

何の目的で「怒り」という道具を使ったのか?

確かに、青年には「大声を上げる」という以外にも、取るべき手段はたくさんあったはずです。


ウェイターが謝ったのなら、すぐに許してあげる。

キレイな布巾を持ってきてもらい、早くコーヒーを拭き取る。

起こったことは仕方ないから、クリーニング代を請求する、などなど。


だけど、目的論で考えると、まず青年には大声を上げたいという目的がありました。

その目的を達成するために怒りを捏造したわけです。


なぜ彼は大声を上げたかったのか?

それは、怒りの感情を相手にぶつけることで、

・自分の存在感を示す
・自分を大きく見せる
・他人に大切に扱われる
・他人より上の立場に立つ


ことができると青年は思っていたからです。


そこに丁度、ウェイターが通りかかってトラブルを起こしたため、これらの目的を適えるためにウェイターを餌食にしたわけなんですね。


仮にこれがウェイターではなく、これがコワモテの大男だったらどうでしょう?

さすがに青年も相手に怒りをぶつけようとはしないかもしれません。

だって、やり返されたら怖いですもんね。


もしくは、相手が超絶べっぴんなウェイトレスだったらどうでしょう?

さすがの青年も鼻の下を伸ばして、速攻で許すかもしれません。


結局のところ、人間というのは特に目的がなければ、あるいは自分にメリットがなければ、割と簡単に怒りを引っ込められる生き物だということです。


哲人も、怒りとは出し入れ可能な「道具」である、ときっぱり言い切っています。

それが目的論の立場から見た、感情の位置付けです。


感情が出し入れ可能な道具であるなら、なるべく自分の感情をコントロールして、フラットでいられる時間を増やしたいものですよね?

「楽しい」「嬉しい」というポジティブな感情ならまだしも、日常生活では「ムカつく」「イラつく」「悲しい」など、ネガティブな感情にはなるべく支配されたくありません。

では、どうすれば良いのでしょう?

   

人はエネルギーが下がると感情に振り回されやすくなる

僕は、そこで鍵となるのが「エネルギー」の考え方だと思います。

人間というのは、自分のエネルギーが下がっていると感情的になり、ろくでもない行動を起こしやすくなるものです。


たとえば、体力が減っているとき。

睡眠不足で疲れているとき。

お腹が減っているとき。


このように自分のエネルギーが枯渇していると、人は感情を抑えることが難しくなり、イライラしやすかったりネガティブになりやすくなります。

なぜなら、自分の感情にブレーキをかけたりコントロールすることにも、それ相応のエネルギーが必要になるからです。


逆にエネルギーに満ちて、心に余裕ができていれば、たとえ服にコーヒーをこぼされようが、

「まあまあ、気にしないでっ!」

と意外と爽やかに許されてしまえるものなんです。


人はエネルギー不足に陥って感情のコントロールができなくなると、不必要にイライラして他人に攻撃的になりやすくなったり、不必要に不安になって誰かに心配をかけるような行動を起こしたりします。


もちろん、そこにも目的があります。


たとえば、自分のエネルギーが下がっているから、他人に攻撃することで相手をねじ伏せよう、とか。

あるいは、誰かに心配をかけることで相手の気を引こう、とか。


それらの行動は、自分のエネルギー不足を解消するために、他人から奪おうとする目的があるのです。

そして、そのために「イライラ」や「不安」などの感情を捏造するのです。


ですが、そうやって他人から奪ってエネルギーを補充しても、満たされるのは一時的です。

時間が経てばすぐにエネルギーがなくなり、またイライラや不安が再発してしまいます。


そして、他に誰かエネルギーを奪えそうな人がいないか、無意識のうちに探し出そうとするのです。


人は黙っていても生命維持にエネルギーを消耗します。

ましてや日常生活で色んなストレスや重圧に耐えながら過ごしていれば、そりゃあ自分自身のエネルギーなんてすぐに枯渇してしまいます。


だから、他人を利用してまでエネルギーを補充しないためにも、自分のエネルギーを自分で高める習慣を身につけることが何より大事です。


自分の機嫌くらい自分でとれるようになりましょう。

それが重要です。


とりあえず、その点を頭に入れておいて頂ければな、と。


では、日常の中でどうやって自分のエネルギーの高めれば良いのか?


特別むずかしいことではありません。


が。

長くなりそうなので、そのあたりについては、別記事でお伝えしようと思います。

是非そちらもご覧くださいませませ。


ということで、今回はこの辺で。

それでは(´ω`)/

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