【アドラー/嫌われる勇気】トラウマは存在しない〜原因論と目的論〜

どうも、レムです(´ω`)/

今回は、アドラー心理学の核となる「原因論」と「目的論」を取り上げます。

『嫌われる勇気』の該当ページを読んで、噛み砕いてつらつら解説してますので是非ご覧ください。

原因論とは?

さて、アドラー心理学で言うところの「原因論」とは一体何なんでしょう?

端的に言えば、現在の自分の結果は過去の出来事によって決まるという考え方のことを指します。


原因論の立場で物事を見ると…。

ある人が部屋に引きこもっているのは、子どもの頃に両親から虐待を受けて傷ついたから。

ある人が人間関係を築くのが苦手でボッチなのは、むかし学校で酷いイジメに遭ったせいで人が苦手になったから。

というように、過去の出来事が原因で今の全てを決めるという捉え方になります。


確かに、一見すると一理あるように思えます。


しかし、そうなると虐待を受けたことのある人は、全員が部屋に引きこもっていることに。

学校でイジメに遭っていた人は、全員がボッチになっていなければ説明がつきません。


ですが、実際はと言うと。

虐待を受けた人でも社会に出て活躍している人はいるし、昔イジメられていた経験を持つ社交的な大人だっているはずですよね?


アドラーはこのような原因論をきっぱりと否定しています。

目的論とは?

そんなアドラーが取っている立場が「目的論」です。

目的論とは、人の全ての行動には何かしらの目的が隠れているという考え方です。


目的論の立場で物事を見ると…。

ある人が部屋に引きこもっているのは、

●部屋に引きこもって親に心配をかけることで復讐できるから
●親に構ってもらったり心配してもらえるから
●社会に出なくても済むから

といった目的があり、その目的を果たすために虐待の経験を利用している、と考えられます。


他にも、ある人が人間関係を築くのが苦手でボッチなのは、

●対人関係のなかで傷つくことを避けられる
●人と関わることで理不尽なことに巻き込まれずに済む

という目的があり、その目的を果たすためにイジメの経験を利用している、という捉え方になります。


結構、辛辣ですよね(苦笑)


もちろん、引きこもりの人が部屋でガクブルしているときに感じる不安や恐怖といった感情。

あるいは、部屋から出ようとすると拒否反応で体が震えたりする症状は本物です。


それでも、アドラーは、

われわれは原因論の住人であり続けるかぎり、一歩も前に進めません。

引用:『嫌われる勇気』P28


と断言しています。


原因論で生きている人は、ずっと過去の記憶に縛られたまんまになってしまい、何も成長をしない!


アドラーはそう言いたいのではないでしょうか?

   

原因論信者から抜け出すためには?

僕の持論ですが。

原因論の住人になると、よく使う口癖が「D言葉」だと思います。

「D言葉」とは頭文字が「D」から始まる「だって…」「どうせ…」「でも…」などの言葉です。


過去の記憶や経験にとらわれたままだと、事あるごとにそれを引き合いに出しては、


「どうせ、自分は誰にも好かるタイプじゃないし…」
「だって、自分なんか昔から何やっても中途半端だし…」
「でも、自分はきっとあの時と同じように失敗するだろうし…」

と言ったりするわけです。


ですが、そうやって過去の経験をいつまでも引きずったところで、言い訳の材料にしかなりません。


そうやって具体的な行動を起こすことから逃げ続けていれば、自分を変えることはできませんし、いつまでも幸せを実感することはできないのです。


「そんなこと言ったって、過去の辛い経験がトラウマで、積極的に行動を起こせない…」

「昔、人に裏切られたことが傷になって、人と上手く話せない…」


そう言いたくなる気持ちも分かります。

しかし、アドラーはトラウマは存在しないと言い切っています。

アドラー心理学では、トラウマを明確に否定します。ここは非常に新しく、画期的なところです。

たしかにフロイト的なトラウマの議論は、興味深いものでしょう。心に負った傷(トラウマ)が、現在の不幸を引き起こしていると考える。

人生を大きな「物語」としてとらえたとき、その因果律のわかりやすさ、ドラマチックな展開には心をとらえて離さない魅力があります。

しかし、アドラーはトラウマの議論を否定するなかで、こう語っています。

「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗でもない。我々は自分の経験によるショックーーいわゆるトラウマーーに苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。

自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである」と。


引用:『嫌われる勇気』P29


過去の辛い経験、嫌な記憶、ショッキングな出来事。

もちろん、それらが人生に全く影響を与えないわけではないでしょう。

辛い経験をしたことで、そこから立ち直るまでに時間がかかることもあるでしょう。


しかし、ずっと過去に縛られたままでいても、何も始まらない。

それがアドラーの主張であり、そこを脱却しないとアドラーの言う「人は誰で変われるし、誰もが幸福になれる」という世界観は手に入りません。

過去に縛られないためには?

過去に負った心の傷や忘れたい記憶にいつまでも囚われても仕方ありません。

では、どうすれば良いのでしょう?

それは、「その辛い経験があったからこそ得たものは何か?」を見出すことです。

それが見つけられれば、

「ああ、あの経験があったからこそ、今の自分があるんだ!」

と思えるようになるはずです。



それが「過去の意味づけを変える」ということであり、アドラー心理学における「ライフスタイルを選び直す」ということなのでしょう。


もしくは、過去の経験や記憶、固定観念、決めつけ、過去からの集積によるセルフイメージ。

それを全部手放してしまって、昔のことなんて丸で何もなかったかのように振る舞う。

そして、今という瞬間、どんな目的を持って生きていくかだけに意識を集中し、1日1日を生産的に生きていく。


そんな感じの、

・思い切りの良さ
・図太さ
・(過去なんかどうでもいいと)割り切る覚悟


を持つことも大事なのかもしれません。


まあ、口で言うのは簡単です。

いざこれを日常生活に取り入れるとなると相当難しいでしょうけどね(笑)


それでも、まあ、少しずつ今までの物の見方を捨て、新しい物の見方を馴染ませることが大事です。

日進月歩の心構えで、着実に自分を変えて、自分を幸福へと導いていきたいものですね。


日常生活のあらゆる場面において、どうやって目的論の立場で切り替えていけば良いのか?

ということについては、次の記事で述べたいと思います。


それでは(´ω`)/

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