懇親会でぼっちになる男|人見知り・対人恐怖の弊害

どうも、ウェブライターの宇藤です。

最近、「ポツンと一軒家」という番組が人気を博し、視聴率も絶好調なんですって。

あの番組の趣旨は、孤立している住居を見つけることだから、まだ救われます。

しかし…!?

これが例えばセミナーなどの懇親会におけるポツンだと、結構悲惨だったりするものです。

数十人と集まる会場の隅っこで、料理が盛られた皿を片手にポツンと孤立…。

他の人たちが談笑を楽しむ中、自分だけ黙々と食べ物を口に運んでいる図は、何とも居た堪れない気持ちになるばかりです!


人見知りで対人恐怖の僕は、まさにそんな経験ばかりしていたのですが、その度に、

「何で他の人と打ち解けられないのだろう?」
「どうすれば人間関係が広がるのだろう?」

と悩み、無価値感でいっぱいでした。


でも、よくよく観察すると全ての原因は僕自身にあって、何と言うか、人間関係を広げられるはずのない、

ガチガチの防御態勢を取っている

ことが多かったんですよね。

対人恐怖ゆえの弊害でしょうかね、これって。


懇親会に参加する意義って何だろう?

あるビジネス系セミナーの半年講座に参加していた頃の話です。

そのセミナーでは内容や情報が大事なのはもちろん、「感覚を高める」ことを重視していました。

学んだ知識を頭で理解することも大事ですが、食事をしながら色んな人とコミュニケーションを取ることで、

「この前、こんな変化があってさ〜」

「前回の講座の内容とリンクするような出来事が起きてね〜」

などと、お互いにどんな変化や気付きがあったかを共有できます。

人が成長した瞬間のエネルギーが上がる「感覚」や、そういう話を共有しているときの場の「空気感」の方が、文字や言語で伝達できる「情報」よりも大切なのです。

しかも、色んな人と直接顔を合わせながら会話すると、お互いの変化や成長を遂げた話は、かなり臨場感いっぱいに伝わってきます。

この目に見えない「感覚」「空気感」

それを自分の中に落とし込み、日常生活の中でいかにこの「感覚」や「空気感」引き出して、普段の感覚を高い状態で維持するか?

セミナーではそれを大事していたのですね。

で、運営サイドが積極的な参加を促していたこともあって、僕も積極的に懇親会に参加をしていたわけです。


しかし…!?

僕にはある一つの問題を抱えていました。

それは、極度の人見知りと対人恐怖のせいで、自分から率先して人に話しかけられない!という問題です(汗)

先程、感覚とか空気感とか、それっぽい講釈を垂れていましたが、僕には肝心の話す相手がいないという…。

レム
寂しい男よの〜♪
宇藤
…何も言い返せません
まあ、とりあえず笑っておきましょうか(笑)
   

大勢の人が集う懇親会でひとりぼっちになる男が居たんですよ〜

懇親会は基本的に立食式です。

テーブルに並んだ食事を各自好きなように取って、談笑しながら美味しく頂きます。

長時間の講座後、かなりお腹が空いてますし、毎回美味しい料理を頂けるので、食事自体は楽しみでした。

しかし、僕は自分から積極的に話し掛けられない…

他の人たちは、それぞれ数人の輪を作って仲良くお喋りを楽しんでいるのですが、僕にはそういう相手が全くできなかったのですね。


周りの人たちは皆、どうやら講座中に既に仲良くなっていたようです。

僕は、基本的に講座が始まる直前に会場に到着し、いつも後ろの方の席に座っていました。

休憩時間も、トイレに行った後は誰も人が来ないような薄暗いスペースでポリポリとお菓子を食べて小腹を満たしたり、あとはスマホ触ったり。

時には、気晴らしのために短めの散歩しに、外に出ることもありました。

まあ、そうやって基本的に人と積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかったのです。

本当に人が苦手だったので。

だから、顔馴染みの人というのができなかったのですよ。


そんな僕は懇親会でどうしていたか?

基本的には盛り上がっているグループの近くに寄って、輪に加わっている振りをしていました。

あるいは、講師陣の周りって、何か面白い話が聞けるんじゃないかと期待して、自然と多くの人が集まるじゃないですか?

だから、僕も講師に近付き、講座の延長戦みたいなノリで話を聞いてました。(実際、会場内が賑やかでほぼ聞き取れないんですけどね)


一番居心地が悪く感じたのは、講師の近くにも行けず、どこかの輪の中にも入れず、会場の隅っこで料理を盛った皿を片手に孤立しているときでした。

寂しさを紛らわすため、ひたすら料理を口に運ぶのですが、そういうときに食べる料理って全然味が分からないものですね(涙)

ああ、どうしよう。誰か話し相手を見つけないと惨めなままだな…

という感じで、味覚よりも思考の方に意識が集中するのでした。

せっかく誰かと話しても何故か表面的な会話で終わってしまう…

とは言え、誰かと1対1で話すことも時にはありました。

しかし、どこから来たのか?仕事は何をしているのか?など、表面的な会話で終わってしまうことが多かったのです。

他の人たちはと言うと、数年来の友人かのように楽しく話しているのに。

「あれ、おかしいな。何でこうも会話が弾まないんだろう…」
「なぜ、自分は他の人のように打ち解けられないのだろう?」
「そんなに人を寄せ付けない負のオーラでも出てるのかしら?」

帰りの新幹線で悔しさと情けなさのあまり、涙を拭ったハンカチを噛み締め、クヨクヨと悩んだりしたものです。

実は、ずっと会話を早く切り上げたいと思っていました…

でも、全ての原因は自分自身にあるんですよね。

誰かと話していても、僕は常に意識のベクトルを「自分」に向けていました。

つまり、話をしている「相手」のことを思う余裕を全く持っていなかったのです。

  • 変な奴と思われてないだろうか?
  • 馬鹿な奴と思われてないだろうか?
  • 価値のない奴だと見破られていないだろうか?

そういう恐怖心に意識が向いてしまい、相手と話しながらも「早く会話を切り上げたいな」と、つい考えていたのでした。

何故そう思っているのかというと、僕は過去の黒歴史から芽生えた「無価値感」を乗り越えられず、自分に自信が持てていないからです。

友人がいない、結婚してない、彼女もいない、収入が低い、頭も良くない、容姿も良くない…etc

そういう自分のダメな部分が、相手の前に露呈されてしまい、自分という人間の価値の低さを知られることに強い恐怖心を感じていたのですね。

だから、そういうのがバレないように本音や本心を隠して接しているから、いつも表面的な会話で終わってしまうのです。

ある意味では、そんな禍々しい「負のオーラ」が僕から出ており、相手もそれを潜在意識の領域で感じていたのかもしれませんね。


実際、僕は大した人間ではありません。そんなセルフイメージを自分で作り上げています。

でも、別に相手に「この人、大した人じゃないな」と思われたって構わないんですよ、ホントは。だって事実だし。

自分を良く見せようとせずに、ちょっとズレた言動をしちゃっても、テヘペロってな具合に笑ってごまかす感じの、軽いノリで接しちゃえば良いんですよ。

なのに、それができない…。

何かこう、変に格好付けようとするというか、賢く思われようとするんですよね。

それは僕の中にあるエゴや自意識が、小さなプライドを必死で守ろうとしているからだと思います。

自分は大した人間ではない。

ただ、そんな自分にも、これまで積み上げた経験や得た知識、身に付けた才能(と自分で思っているもの)などがあるわけで、それを全否定されたら堪ったもんじゃない!

…とエゴは怯えているのです。

そして、エゴは必死になって自分を守ろうと防御壁を作り、関わる相手との接触を拒もうとしているわけです。

「自分の牙城を崩されてなるまい!」

そうやって、小っぽけなプライドを必死で守っているのですね。

目の前の人は「敵」なのか?「味方」なのか?

そもそも、なぜ目の前に人がいるとき、自分の身を守ろうとするのか?

それは、僕が相手を信頼していないからに他なりません。

僕はずっと他人のことを「仲間」ではなく、「敵」とみなす癖を持っていたのです。

そりゃあ、いくら目に見えない領域での話とはいえ、人と向き合う時に敵対心丸出しにしていれば、誰とも仲良くなれるはずありませんよね?
宇藤
いいか、目の前の相手は敵だからな。絶対に隙を与えるなよ!
という具合に、頑なに自分の胸のうちを見せまいと防御体勢を取って心を閉ざしているのですから。

にもかかわらず、「誰かと仲良くなりたいな〜」と望んでいるのですから、もう何が何だかわからないdeath…。


半年間かけて学んだビジネスセミナー。

僕は、そのうち8割近くは出席していたと思いますが、結局、親密になった人の数はゼロでした。

「別に友達作りに来たわけじゃないもん、学びに来たんだもん!」

と一人で強がっていましたが、内心は虚無感や寂しさでいっぱいでした。


でも、そんな心の中で繰り広げられる葛藤や悩み、上手く表現できないモヤモヤなどを、こうして文章で表現する力が付いたんで、それは大きな収穫だな、と今となっては思っています。

レム
ただの負け惜しみというか、強がりというか…
宇藤
まあ、何でもプラスに解釈することが大事ですよ、結局のところね。
それでは!

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